魂で世界を渡り歩くGK・ヨージヤマノ ~(1)いざ出国編

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昨年5月から、シンガポールにある「アルビレックス新潟シンガポール」というチームでGKコーチ兼選手を務めています。実はシンガポールに来る前も、およそ7年にわたってサッカーを通じ、世界各国9カ国を渡り歩いてきました。僕も、今でこそ当たり前のように世界をフィールドに活動していますが、元から海外志向が強かったわけではありません。
むしろ大学時代までは一切、海外に興味がなかったですし、旅行で行きたいと思ったことはありましたが、そこで生活していくなんて考えてもいませんでした。そもそも「海外」なんて未知の世界すぎて、想像すらついてなかったのが実情でした。

そんな自分が後に、これだけ世界各国を渡り歩くことになろうとは……。「本当に人生って何が起こるか分からんのぅ」と、つくづく思います。

 

■ 当時の自分は本当、かわいそうなくらい極端に「狭い価値観」の中でしか生きていなかった

ターニングポイントは、大学卒業後に訪れました。大学時代の自分は、正に「サッカー一色」。「わしは絶対にプロサッカー選手になるんじゃ!」という唯一無二の「夢」に向かって、大学4年間、ただただ、ひたすらサッカーに没頭しました。私生活でも、遊ぶのはもっぱら同じサッカー部員。サッカー関係以外の友達はほとんどいなかったですし、他の大学にも友達はいませんでした。世界各国でありとあらゆる経験をしてきた「今の自分」から見ると、当時の自分は本当、かわいそうなくらい極端に「狭い価値観」の中でしか生きとらんかったんじゃのぅ……と身に染みて思います。しかし「他の世界」をまったく知らなかった当時の自分には、それが「狭い価値観」なのかどうかも知る術がありませんでした。その「狭い価値観」こそが、「すべて」だったんですね。

そんな自分の中の「狭い価値観」を一変させたのが、人生初の海外生活となった「中国語学留学」でした。

 

■ 自身の人生における最大のターニングポイントとなった「中国語学留学」だった

大学4年間の「すべて」を捧げて挑戦したプロサッカー選手になるという夢は叶わず、言葉では言い表せないほどのショックと絶望感、喪失感に包まれたまま大学を卒業……。夢に破れ、心に深い傷を負って故郷・広島に帰郷した自分に、思いもよらないチャンスが突然、訪れます。それが、自身の人生における最大のターニングポイントとなった「中国語学留学」だったのです。

知り合いの中国人からの強い勧めで、僕は中国へ語学留学に行くこととなりました。当初、語学も海外もまったく興味はなかったのですが、なぜかこの時はフッと「これはわしにとって大きなチャンスかもしれん…」と直感し、人生初となる海外生活を決断。

「プロになる」という夢1本に懸けていた当時の自分は、一般の就職活動を一切、行わずにプロの入団テストのみを受けていたので、残された道はこの「中国語学留学」以外になかったのかもしれません。しかし今、思えば、これもなるべくしてなった「これしかない!」という、人生における最良の「道」だったのです。こうして、まるで神様に導かれるように、中国行きの話がトントン拍子で決まりました。

大学を卒業してから中国に旅立つまでに半年くらいの期間があったので、バイトをして資金を蓄えることにしました。これが本当にキツかった……。実はコンビニでバイトをしていました。そのバイトが自分に合わなかったというのもあったとは思うのですが、何よりも「自分が本当にやりたいことではない」ので、ただ「お金のため」だけに働いてる感が否めませんでした。それでも、「これも良い勉強じゃ」と思って、真面目に取り組んでいましたが、やはり仕事中はずっと、時計の針ばかりが気になってしまいました。

「もう、だいぶん時間が経ったじゃろう!?」と思って時計を見たら、「まだ15分しか経っとらんのんか!?」と。早朝からのバイトだったのですが、朝、目覚まし時計の音で目が覚めるたびに「はぁ…。行きたくないのう…。嫌じゃのう…」と溜め息をついて、憂鬱になる毎日でした。「将来、絶対、こういう人生にしては駄目じゃ!必ず成功して、時間が経つのも忘れるくらい没頭できる仕事をするんじゃ!毎朝、『さあ、今日もやるぞ!』と前向きな気持ちで目覚めることができる仕事をするんじゃ!」と、この時、強く決心しました。

今でこそ、その当時に思い描いていた通りの幸せな日々を過ごせるようになりましたが、ここに至るまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。途中、とある国で死にかけた経験もありましたからね(それは後々、書いていきます)。

 

■ 「もう1回だけ、プロに挑戦しちゃろう。中国でプロを目指そう」

大学卒業当初は、サッカーで「夢」を追い続けることに心身ともに疲れ果て、「もうボールも見たくない」という状態に陥っていました。プロ(Jリーグ)に合格できなければ、サッカーは辞める覚悟でしたので、実質、この時点で僕のサッカー人生は一度、終焉を迎えました。いわゆる、「引退」です。

そんな状況だったので、最後のプロテストに不合格になってからの3ヶ月間はまったくサッカーはしてませんでしたし(「したい」とも思わなかった)、フィジカルトレーニング等も一切、行っていませんでした。母校・新庄高校サッカー部の佐々木薫監督から「コーチをしてくれないか」と熱心に誘われた時も、最初は「もうボールも見たくない」という状態だったので前向きな返事はできませんでした。

しかし、恩師でもある監督の熱意についに負け、中国留学で日本を離れるまでの約半年間、前述したバイトと並行して、母校でコーチを務めることになりました。そして、母校で自分もプレーしながらコーチを務める中で、直向きな学生たちの姿に強い感銘を受け、僕の心の奥底に眠っていたサッカーに対する熱い気持ちが、再びよみがえってきたのです。

「もう1回だけ、ほんまにもう1回だけ、プロに挑戦しちゃろう。中国でプロを目指そう」

こう決心しました。

 

■ 「生きて日本に帰れんのんじゃないか?」と本気で思っていた

もし、あの時、恩師が声をかけてくれてなければ……今の自分はなかったかもしれません。再び自分の中のサッカーに対する熱い気持ちをよみがえらせてくれた母校サッカー部と恩師には、感謝の気持ちで一杯です。どうしてもその恩返しがしたい……。これが、すでに一度、挫折し、心に大きな傷を負ってトラウマになっていた「プロ」という目標に再挑戦する、大きなモチベーションになっていました。

「表向きは『語学留学』。真の目的は『中国でプロサッカー選手になること』」

当時、中国がどんな国かまったく知識がありませんでしたが、テレビや新聞では中国人の凶悪犯罪情報が溢れていましたし、周りの人からも「お前、中国はヤバイぞ」「死ぬなよ」等と散々、言われていたので、正直、本当に恐怖心で一杯でした。

しかし「一度、人生最大の夢に敗れて、すべてを失った身。わしにはもう、恐れるもんは何もない。やっちゃろう!」と覚悟を決めました。今、考えたら「たかだか中国に行くくらいで、何を大げさな」って感じなのですが、何度も言うように「狭い価値観」しか持ち合わせてなかった当時の自分は、「生きて日本に帰れんのんじゃないか?」と本気で思っていたのです。

こうして、ついに中国行きの日を迎えました。いよいよ始まる、「人生初の海外生活」。並々ならぬ決意を胸に、日本を旅立ちました。

 

※ちなみに右上の写真中央、僕の横に映っているのは、大学サッカー部時代の同級生、北朝鮮代表の安英学選手です。

(次回へ続く)

プロフィール:山野 陽嗣(やまのようじ)/1979年生まれ、広島県出身。アルビレックス新潟シンガポール・GKコーチ兼選手。小学校時代までハンドボールをプレーし、広島県代表として全国小学生ハンドボール大会に出場。中学入学後、サッカーに転向し、立正大学サッカー部でもプレー。卒業後の中国天津市の南開大学への留学を契機に海外へ。2004年からアメリカに渡り、現地クラブへ入団。翌年、中米・ホンジュラスの地でCDレンカと契約締結し、ホンジュラス初の日本人プロサッカー選手となる。2006年にはホンジュラス2部リーグ優勝。その後も世界各国を渡り歩き、約7年間の海外挑戦を終え、日本に帰国。2010年1月にはホンジュラス大統領官邸に招待される。同5月より現在に至る。

 


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