欲の自制

Yoshikawa_eyecatch

■「生かさず殺さず」という知恵

これまで分割統治、情報操作など、日本の学校ではなかなか教えないが、世界を見る上で必要な知識を紹介してきた。

そして、読者の多くは「何てひどい」という感想を持たれたかと思う。そこでなぜかくもひどいと思われるようなことをするのか?とつきつめていくと、欲の自制の強弱に行きつく。即ち「どれほど己を律することができるだろうか?」ということである。

人間は社会を構成していく上で、自律方針として「道徳」という法律で規定する以外の人の道を持ち、等しく人間にとって畏れるべきものを作る知恵を築き上げていった。以前紹介したとおり、道徳がキリスト教に含まれる欧米では「神」という存在を作った。日本の場合、「菊と刀」の著者、ルース・ベネディクトの言葉を借りれば「世間の目」である。(そのために日本人は普段しないのに旅行中にのみマナーが悪いことをしてしまうことがある。「旅の恥はかき捨て」という言葉があると彼女は説明する)

Yoshikawa 他にも、物欲を抑えようとする知恵は古くから文明社会にはある。全員が物欲主義に走ったら、物の争奪戦が激しすぎて社会全体が疲弊してしまうし、物欲が限界を知らなければ、いかにものがあっても、足りなくなってしまうから。各国土にある資源は、今の世代だけでなく未来の世代のものでもあるのだから、なるべく枯渇させないようにするのが知恵であり、未来の世代に対する現代の世代の責任である。強欲はよくないという知恵は、例えば寓話「金の斧、銀の斧、銅の斧」、「金の卵を産む鶏」、「舌切り雀」、「花咲か爺さん」等で表現される。

まだ一般庶民であるうちは、多少「恥をかき捨て」ようとも社会問題とはならない。道徳を踏み外す誘惑はそれほど大きいものではないし、社会に対するインパクトも与えにくいからである。(犯罪は別としておく)

しかしこれが江戸時代の将軍、大名、近代以降圧倒的な武力で向かうところ敵なしだった欧米人のように、己以外に己を止める力がないほど己が強い場合、話は全く異なったものとなる。我が力を使うことによる利益が大きすぎであり、それを周りの誰も止められないし、罰せられないからである。

文明社会では、別途君主や将軍、武士など人の上に立ち、武力の差が彼我で明らかな人々にはさらなる厳しい道徳-フランス語では、ノブレス・オブリージュ、日本語では儒教の一部を体系化した武士道―が作られた。気の向くままに刀をぶんまわされたら、周りはかなわない。凶器をもつなら、それ相応の「責任」があり、その責任を負うディシプリンが必要なのだ。そして、マキャベリが「君主論」を書き、江戸時代林羅山とその一門が幕府お抱え学者として、朱子学を説いた。どちらも、臣下から富を収奪してはいけないと教える。彼らから恨みを買い、いつかは我が身に降りかかるから。そしてその人物例をたくさん示し、君主に我がまま、我欲の抑制を諭す。

と、ここまでは洋の東西は問わない。

だが徳川家康はもう一歩踏み込んだ。「生かさず殺さず」である。説明するまでもなく、下々がもう食べられずやっていけないという思いが全国の百姓に行き渡らない程度に搾取することだが、この言葉の妙味は人間、欲を自制するのは難しいと悟った上で、とはいえ一寸の虫にも五分の魂、欲の暴走が越えてはいけない一線の寸前で止めよ、という二段構えなのである。どうしても軍資金が必要で、重税を課さねばならないとき、必要分だけでなく「毒を食らわば皿まで」と余計に搾取してしまわないように「金の卵を産む鶏は殺してはいけない」と戒めている。欲を「石部金吉のように自制せよ」では、君主といえども人間は息が詰まってしまう。ちょうど欲と自制のバランスをとる言葉なのかもしれない。(とはいえ、下々は大変だが)その分、君主には実践しやすいのだろうか、江戸時代、百姓一揆、打ちこわしは地域レベルで起きても、全国区には広がらなかったし、ましてやフランス革命のような革命は起きなかった。

こうして、欲の抑制を道徳でがんじがらめにして縛っておいても、ちょっとでも人々の目の届かないところに行ってしまうと、欲の暴走が始まってしまう。例えば、欲の赴くままにスペインの探検家、ピサロは手勢わずか200人足らずで原住民を殺戮し、インカ帝国を征服した。また大英帝国を始めとした列強は軍艦外交で世界中を探検しては多くの地を我がものとした。多くの国・地域を植民地、保護地、租界地といった形で直接的・間接的に支配し、20世紀初頭植民地でも保護地でもなく、租界地もない国はアジア、アフリカでは、日本、タイ、エチオピアのみというありさまだった。

日本だとて例外ではない。義和団の乱の混乱を抑えるため清王朝に駐留していた頃は中国人が他国軍や盗賊団から身を守るべく、自分の家等に日本の旗を掲げ、逆に日本兵がむやみに日の丸を掲げないでくれと、注意して回ったエピソードを持つほど、規律正しいことで有名だった日本の帝国陸軍でさえ、30年もたてば関東軍は満州、中国大陸を暴走した。中国も国力が強かった唐代の最盛期には中央アジアに大分進出して行ったし、モンゴル帝国もチンギス・ハン、その子オゴデイハンまで向かうところ敵なし状態がモンゴル軍を西は東ヨーロッパまで走らせた。

このように己以外己の力を制御するものが他にない場合、ディシプリンを持ち続けることは難しい。

<次ページへ続く>


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