「旅を通して得た、自分自身の生き方」

Nagao

海外に目を向けたのは、12歳のとき(小学校6年)でした。親に勧められて、ニュージーランドへ留学。当時は乗り気ではなかったんです、正直。
行ってみたら、学校に中学生世代が世界中から勉強しに来ていて、いままでは国が変わったら、肌の色が違ったり、言葉が違ったりというのが、頭では分かっていたんですが、この時に肌で生で感じることができました。言葉(英語)が話せないと、本当に何もできないんだ、ということが体験として分かったんですよね。

その時は英検5級を持っていました。親の仲良しの方が英会話スクールをやっていて、そこにつきあいで通うことになって、それがきっかけで、半分イヤイヤでやっていたんです。そういえば、親も家で常に英語の会話の音声を流していましたね。それがあったので、今でもリスニングに関しては割と問題なくできますね。

グローバル力「言語」

 

 

■お金貯めて友達の国を廻ってみたい

 3か月間、その学校に行ったことによって、世界中に友達ができるわけじゃないですか。お互いの国の話をするんですよね。

韓国人が常にコチジャンのチューブ持ってたのが衝撃でしたね。そんな毎日で沢山の刺激を受けていたら「将来、ある程度お金を稼げるようになったら、お金貯めて友達の国を廻ってみたいな」と思ったのが、世界に目を向けるきっかけなんですよね。

その頃ちょうど「猿岩石」が大ブームだったころです。あのシリーズの後半半分くらいは全部見ていて、あのヒッチハイクの旅がかなり衝撃だったんですよね。

 

「旅って、もしかしたらそんなにお金いらないのかもしれない」そのとき、そんな感覚も芽生えたんですよね。最悪、ヒッチハイクした、現地で働いたりすれば大丈夫なんじゃないかと。

「猿岩石がユーラシア大陸横断だったから、自分は世界一周をしよう」そこではじめて「世界一周したいな」というのを言葉にしたんですよね。そのことを小学校の卒業文集に書いたんです。12年前のことです。

■気が付いたら偏差値が30台……

Nagao その後、普通の中学校に入って、そこそこ普通に勉強して、スポーツして、そして進学校の公立高校(大阪府立清水谷高校)へ入学しました。その時に初めて挫折を味わいました。周りの勉強のレベルが高くて、ついていけませんでした。学業を半分放棄し、音楽とサッカーしかしない毎日を送ってました。

そしたら気が付いたら偏差値が30台と……。これが高校3年の夏だったんです。関西だったら「関関同立」っていうのがあるんですが、うちの高校だったら、関関同立なんて当たり前だったものですから、まぁ30台だけど関関同立くらいいけるだろう、とタカを括っていたら「お前ナメてんのか。偏差値30で誰が受かるんだ?」と先生に怒られまして(笑)

で、結局大学受験することになって、勉強はしたんですが、やっぱり偏差値40まで届かなくて・・・。「もしかしたら……」という淡い期待はあっさりと裏切られ、見事に志望の関西大学を落ち、浪人生活へ。

 

■自分は旅がしたかったんだ

一応、親と学校の進めで予備校へ通うことに。でも正直、予備校の授業を受けているだけでは偏差値なんて上がらないんですよね。それでやる気もなくなっちゃって、夏くらいまでダラダラと続けていました。昼間予備校行って夜はアルバイトして。

 

夏を過ぎても、偏差値が40まで上がらないんですよ。「あ、これはマジでやばいな」ってその時に気づいて。

そのマズいなって思ったときに、たまたま本屋で「世界一周」というキーワードが目に入ったんですよね。「あ、自分は旅がしたかったんだ」ということを思い出したんですよね。思い出したら、当時の気持ちが湧いてきて、これは本当に行かなきゃいけないんだって思ったんですよ。

で、大学はどうするんだって思って。でも大学でも休学すれば世界一周できるじゃないか、と。だったら、やっぱり大学生にならないとって。それを思ってから、その日を境に猛勉強がはじまりました。

それから半年間、1日14時間死に物狂いで勉強しました。寝る時間と風呂とトイレと移動時間以外は勉強してました。そしたら、12月には偏差値が60くらいになっていました。それでなんか調子乗っちゃって、模擬試験で早稲田大学を選んでみたら「C判定」が出ちゃって。関西大学に至っては「A判定」。

これでちょっと緩みが起きちゃいまして、自分の中でサボりが出てきちゃいました。そして、いざ受験を迎えたら、第一志望の同志社大学は5点足りず不合格。ついでに関西大学も落ちてしまいました。

それで、実はあまり行く気がなかった関西外語大学に合格し、そこに入学することになりました。でも入学後も、同志社に入れなかったことが悔しくて、絶対に同志社の学生に負けたくないなんて気持ちがあったんです。

どう負けたくないか、というと「同志社大学の学生より活躍したい」「同志社大学の学生に向けて話をしたい」と思っていました。それを入学当時からずっと思っていました。ずっと、旅をしたいと思っていたので、旅に行くことを中心に考えた生活を送っていました。サークルもすごくつまらないので、学校も授業以外はまったく行かないようになりました。

 

■フィリピンの環境には衝撃を受けました

 バイトはしていたので、お金はある程度溜まって、それで韓国とフィリピンに行くことにしました。いままではニュージーランドしか行ったことがなかったので、フィリピンの環境には衝撃を受けました。この衝撃が僕を「もっともっと旅に行きたい」という衝動へと変えていきました。

その時は「世界一周」というのを忘れていて、それよりなにより世界中の色んなところに行ってみたいと思うようになりました。そこで、行きたいところを紙に書いていたんです、中東、アフリカ、南米……、と。そしたら、これって地球一周やんって思いまして、そこでまた「自分は世界一周の旅をしたかったんだ」って思い出しました。

Nagao そこで大学2年生が終わったら休学しようって、1年生の終わりに決めました。そこからは馬車馬のように働いて、なんとか3年生の6月くらいにお金が貯まりました。そこから出発し、カリブ、南米、ヨーロッパ、北アフリカ、中東、アジアと廻り、最後はなぜかバングラに入国できず、日本に帰ってきました。

インドのバングラ大使館が間違えて関係ないスタンプを僕のパスポートに押したんですね(笑)

当時、大学生で世界一周している人も全然いなかったので、ブログも好評で帰国後はたくさんのメディアでも取り上げて頂きましたね。なぜか2ちゃんねるではかなり叩かれてましたが。

グローバル力「経験」

 

 <次ページへ続く>

1 2

Facebookページに参加しませんか!

『開国ジャパン』は海外経験豊富な開国アンバサダーによる情報発信メディアです。
海外での生活やビジネスなどに興味のある方のために

各国に駐在しているアンバサダーからの現地事情
英語などの語学や海外での生活情報
海外ビジネスの情報

など、幅広く最新の情報を発信しています。


最新記事のチェックにはTwitterが便利です。

更新情報を必ずツイートしています。どうぞ、フォローしてください。


開国アンバサダー

現在89のアンバサダーが活躍中!

開国アンバサダーは、「グローバル社会で活躍する新しい日本人のロールモデル」 です。開国ジャパンでは彼らの熱い想いを発信しています。

開国アンバサダーとは 開国アンバサダー一覧 開国アンバサダー推薦フォーム

チーム開国ジャパン

ピックアップ

最新ニュース

  • U18W杯開幕、清宮オコエらで初V期待

    夏の甲子園を沸かせた高校生強打者2人が、28日開幕した第27回U−18(18歳以下)ワールドカップ(W杯)で日本代表として世界一に挑む。 ...

  • 「ガトリンの復讐」ボルト激突も無事

    【AFP=時事】(写真追加)第15回世界陸上北京大会(15th IAAF World Championships in Athletics Beijing)の男...

  • イチのファンサービスに観客感涙

    「マーリンズ1-2パイレーツ」(27日、マイアミ) マーリンズのイチロー外野手(41)は「2番・右翼」で出場し、4打数無安打。17打席連続無安打(3四球、1犠打...

  • 川栄李奈、初舞台で「おバカ」返上へ

    今月4日にAKB48を卒業した女優の川栄李奈が26日、都内で行われた舞台『AZUMI 幕末編』の制作発表・公開稽古に、共演者とともに出席した。 ...

  • 世界の若手億万長者30名 日本人は?

    フォーブスは世界で最も裕福な40歳未満の 44人のリストを公開した。ここではその中から30名をピックアップ。年齢の若い順に掲載する。 エヴァン・シュピーゲル(ス...

他のニュースも見る