日本の外交・安全保障にまつわる、ありがちな誤解・風説たち(前編)

過去数回において、安全保障を考える上でのベースとなる話をいくつか書いてきたが、今回は2回にわたり巷に出回っている、ありがちな誤解・風説に触れていきたい。
1)日本は自分の国は自分で守ることを忘れている
「日本は自分の国は自分で守ることを忘れている」は、まず本当か?日米同盟を組んで、日本が外国から攻撃を受けた場合アメリカがその攻撃国に出動して反撃させる契約を結びつつ、自衛隊は外国からの攻撃を専守防衛するという体制が、日米同盟の基本的な仕組み。
なので、日本は一応、他人に守らせる形で自らを守る体制を作ってあるといえる。(そのため上記の発言は少し違和感を感じる)。しかも、吉田ドクトリン以来言われているが、かなり日本に有利な条件であり、これにより軽武装が可能になったわけで、その分軍事費に金をかけることなく、日本は高度経済成長をあのスピードで行えた。
但し日本にかなり有利な条件と書いたが、アメリカはアメリカで、メリット・デメリット分析を行った結果、同盟を選択しているという点はお忘れなく。これがまず大前提。
ちなみに、アメリカからすれば、
- 日本はアジアへの足がかりという戦略的に重要な場所に位置している(以前紹介した地政学に基づいた多極化世界のコラム参照)こと
- 経済力が大きいということは、そのままロジスティクス(後方支援、兵站)面からみて安心である(人員、武器等の補充、修理、病院での手当等が最も充実している)こと、(上記二つの合わせ技で、例えば、アフガン、イラク戦争時には、日本に米軍基地があるというだけで、ロジスティクス面からして年間何百億ドルもの節約が可能という)
- 既に米軍基地を大量に持っている(新たに同等の規模の基地をアジアに確保するとなれば取得コストはかなりの負担)
- 日本は北東アジアの紛争の危険性の高い地域(北朝鮮、台湾)に近いので、有事には素早く行動を起こせるし、有事が起きないように抑止力を働かせられる
- いわゆる思いやり予算で経費の約70%を日本政府が支給してくれるので、米国に戻すよりも安上がり
等が大いなるメリットである。
逆にデメリットは、日本を攻撃する国を攻撃する義務を負う(米兵に死傷者がでる可能性がある)、日本を攻撃する相手によっては、大規模な戦争に巻き込まれる可能性はあることだろう。
但しここで留意したいのは、こうした日本に米軍を駐留させるメリットは、あくまでも比較優位性であって、絶対的優位性ではない。つまり、近隣の韓国やグアム・東南アジア諸国と比較した上で、日本に駐留させることがベストという結論を出しているのであって、状況が変わればこうしたメリットの大きさも変化し、メリット・デメリット分析結果も変わる可能性がある。ゆえに日本としては日米同盟を維持していく上で、アメリカにとってのメリット、デメリット分析が常にメリット>デメリットになるよう、配慮していく必要がある。
同盟とはいえ所詮は日米安全保障条約と書かれた紙でしかない。これを紙くずにするか、それ以上の価値を生み出すものにするかは、日米両国次第なのである。よってアメリカにとって何がうれしいか、怒らせるか(別に政治面だけでなく、経済面や社会面も含む)をよくよく分析し、それを外交ツールとして活かすことを常に念頭においておくべきである。
こうしたことを踏まえた上で、アメリカに守ってもらうという姿勢がいいか?というところになるのだろうが、
- いまどき、どの国も自国を自らの力だけで守るというのは無理。何かしらの他国との協力体制が必要である。(以前紹介した日米同盟のコラム参照)
- アメリカは依然世界最強の軍隊である。日本を守るという観点からすれば、アメリカほど理想な国はない。
この2点を踏まえたうえで、日本ができることをやっているか?というと改善の余地はある。いろいろあるだろうが、第一は吉田ドクトリンを始め今までの安全保障政策群の見直しである。せっかく民主党になったのだから、自民党の憲法(九条)解釈、防衛費のGDP1%枠、非核三原則、専守防衛、武器輸出三原則等の諸政策を引き継ぐ必要はないわけで、今一度21世紀にふさわしい軍備のあり方、柔軟性のある政策が必要である。
周囲の軍事費が拡張していく中、本当に防衛費はGDP1%相当分だけでいいのか?(なぜ1%でなければならないか?別にロジックはない。本来はそのときどきの国際情勢、財政状態に応じて計上していくべきものである)、核兵器を持たないで通常兵器だけで抑止するべきか?(核アレルギーというだけで核保有の選択肢を消していいのか?)本当に専守防衛だけでいいのか?(攻撃能力を在日米軍に頼り切りでいいのか?)武器輸出の中に技術も含まれるが、先端技術の共同開発まで規制対象にしていいのか?などなど、実に広範囲の話がほぼ1945年で止まってしまっている。(それを法の拡大解釈で今までしのいできたのだから、どれほどいびつなものか、想像に余りあるというものである)
なお「柔軟性のある政策」と書いたが、日本には憲法九条から始まり、戦略的決断からきた制約(吉田ドクトリン等)から、あまりロジック性に乏しい、あるいは時代遅れの制約(防衛費のGDP1%枠等)まで、諸制約がかなり厳しすぎて非常に戦略的に動きにくい構造となっている。
もちろん、こうした議論の答えには、あえて核兵器を持たない、平和国家として武器輸出をしない等があってもかまわない。それがありたき日本への選択であるならば。けれど、そうであるならば、それ相応のバックアッププランが必要だ。また防衛費を引き上げるという場合には、近隣諸国の警戒心が高まることは必至であり、それに対しどう動くのか等の答えもまた必要である。
但し、平成23年度防衛大綱で初めて「動的防衛力」を構築するという言葉が出てきた(つまり、居るだけの抑止力から動くという方向転換である)。日本の領土、領海、在外邦人、在外資産、在外権益を全て守る対象とするのなら(通常どこの国でもそうだが、従来日本は領土、領海にとどまっている)動的防衛力はあってしかるべきだが、ようやくその方向へ向かっている(ちゃんとこうした目的にのみ軍が使われるよう管理するのはまた別の話)
2)いわゆる平和ボケ
今度は極端に真逆な方向で、一国平和主義とも平和ボケともいう意見。兼原信克著「戦略外交原論」に平和ボケ発言がまとめられていたので以下抜粋しよう。
- 日本の軍国主義さえ復活しなければ、アジアが、ひいては世界が平和になる。だから日本は武装するべきではない。
- 日本は、米国の庇護がなくても平和で安全である。なぜなら、ソ連、中国、北朝鮮は、日本が敵視しなければ日本の安全を脅かすことはないからである。こうして日本周辺の脅威は減少できる。
- 日本は、米国の核の傘から出るべきである。そうすれば誰も日本を核攻撃することはない。
- 在日米軍は、日本から追い出すべきである。在日米軍がいると、日本は戦争に巻き込まれる。在日米軍が出て行けば、日本が戦争に巻き込まれることはない。平和な日本を攻撃するような国は存在しないからである。
- 在日米軍が出て行っても、米国は、決して日本を見捨てることはない。なぜなら米国は、日本を必要としているからである。日本が外国から攻撃されれば、米国は必ず日本を助けてくれる。
- 米国の圧力を排して非武装化した日本は、世界中から尊敬され、そのような日本を、米国もまた見直し、尊敬してくれる。そうしてこそ、日米間に真の友情が生まれる。
- 中国と韓国が日本の武装に反対している以上、平和国家としての日本だけが、中韓両国と友好を維持しうる。そうしてこそ、日本は、米国とアジアの架け橋となりうる。
- 米国は「日本が防衛努力をしなければ、日本から引くかもしれない」などというが、そんなことはありえない。米国は、日本を利用しているからである。したがって、そのような「恫喝」に屈してはいけない。
冷戦体制中の日本社会党がいいそうなものも含まれているが、どう説明したらいいのか絶望するくらい脳天気な発言のラインアップとしか言いようがない。なので以下の点を挙げるにとどめておこう。
- 世界はお人よしの集団ではない。世界史をよく勉強した方がいい。そこには彼らの過去の手口が書いてある。経歴を見れば、その人がどんな人なのかある程度わかるように、彼らの前歴を見る限り、「平和な日本を攻撃するような国は存在しない」わけはない。
- どんな外国でも日本を守らなければならない義理はない。前述の通りメリット・デメリットをよくよく計算した上で、アメリカは日本と同盟を結んでいるのである。そこのところを無視して、絶対アメリカは日本を守ってくれるという思い込みは危険以外何物でもない。
- 以前紹介した平和の作り方でも紹介したとおり、武器を持ちあってにらみ合っているから平和なのであって、一方的に武器を捨てるということは、単なるLose-winの関係に終わるだけで、そもそも日本が存続できるのか心もとないし、外国から尊敬されることはない。インドがガンジーらの非暴力抵抗により独立を勝ち取れたのは、ガンジー本人の人格もさることながら、イギリスがインドから遠く離れており、遠征軍を派遣するだけの余力が第二次世界大戦で疲弊したイギリスになかったからである。
<了>
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