魂で世界を渡り歩くGK・ヨージヤマノ ~(最終回)笑顔で世界へ編

 

期待と不安が交錯する中、ついに中国で「プロサッカー選手」になるための活動を開始しました。

しかし、その「夢」はいきなり打ち砕かれることになります。

天津上陸後すぐに街の人たちに聞き込みをして情報収集し、「天津泰達」というプロサッカーチームがここにあることを知りました(「聞き込み」とは言っても言葉が全く分からないので、身振り手振りで必死にコミュニケーションを取っていました)。

そのチーム名とスタジアムの名前の2つだけを紙に記入し、タクシーに乗って直談判に行きました。何とか辿り着き、天津泰達チーム関係者に「プロになりたい。練習参加させてほしい」と訴えましたが、そこで聞かされたのは思いもよらない事実でした。

「中国プロサッカーリーグには『外国人GKは雇用できない』というルールがあるから、君は中国でプロとしてプレーすることができない」

言葉を失いました。大学時代、Jリーグチームに入団できなかった挫折から何とか立ち上がり、もう一回だけ、プロに挑戦しようという強い気持ちで中国に上陸しましたが、その直後に突き付けられたあまりにも厳しい現実・・・・・・。

 

■神様はワシに、もうサッカーをするなって言っとるんじゃろうか

それでも、どうしても諦めきれない僕は、「やれる限りのことは全部やってやろう」と思い、中国サッカー協会にも直接行き、「外国人GKは雇用できない」というルールを何とか変えてもらえないか、交渉することにしました。

ところが会った中国サッカー協会の要人からは、分厚い中国サッカー協会の規約書が持ち出され、外国人GKは雇用できないと書かれたページを実際に見せられ、そのページのコピーまで渡され、「君が中国でGKとしてプレーするには、中国人になる以外に道はない」と告げられました。

 

この「外国人GKは雇用できない」というルールは、中国人のGKのレベルアップを目的として作られたものだそうです。もし外国人GKを多くのチームが雇用してしまったら、中国人GKが試合に出られなくなって育たなくなるというのが理由でした。

ルール的に無理なのだから、これ以上どうすることもできません。こうして僕の中国での挑戦は、挑戦することさえ許されないまま、不完全燃焼で終了しました。

※写真は元中国代表選手の江津氏と。

自分がサッカーで夢を追いかけようとすると、その度に必ず想定外の壁が立ちはだかります。「神様はワシに、もうサッカーをするなって言っとるんじゃろうか?」と、何度も何度も自問自答しました。

しかし・・・・・・「プロサッカー選手になりたい」この夢だけは、どうしても・・・・・・どうしても諦められませんでした。

足止めを食らった形になった中国上陸ですが、僕はこの中国の地で、後の自身の人生の基礎を築く、本当に数えきれないほどのことを学びました。その中でも最も大きなものは「笑顔」の重要性です。

 

■幸せとは何か

Yamanoよく行く近所のお気に入り市場は、本当にボロボロで貧しく、薄汚い場所でした。日本人の感覚からすると、そういった場所に住む人たちは「かわいそうな人たち」なのかもしれません。

しかしその市場は活気に満ち溢れていました。そこで働く人たちの顔には、笑顔が溢れていました。

ある日、僕は市場の人たちに「今、幸せですか?」と質問したら、彼らは「ああ、幸せだ!!確かに俺たちは日本人のように金銭的に豊かじゃないかもしれないが、こうして毎日、働けて、メシも食えてる。俺たちは幸せだ!!」と答えました。

彼らは本当に、輝くような満面の笑みを浮かべていました。日本人の多くは、この市場の人たちよりも、金銭的にも物質的にも恵まれています。

しかし、同じ質問を日本人にした時、果たしてどれだけの人が、ここまで堂々と胸を張って、満面の笑みで「幸せだ」と答えることができるでしょうか?

「実は金銭的、物質的に恵まれていても、それを心から『幸せだ!!』と感じることができない、我々、日本人の方が『かわいそうな人たち』なんじゃないか・・・・・・?」

中国は「笑顔」と「活気」に満ち溢れていました。

 

■笑顔があれば何でもできる

中国上陸当初は、「ニーハオ」と「シェイシェイ」以外の中国語は一切、話せませんでしたが、笑顔で現地の中国人と中国語でコミュニケーションを取り続けていく中で、いつの間にか中国語が話せるようになっていました。

勉強だと思って中国語と接したことは一度もありません。中国での経験以降、語学は僕にとって「笑顔で楽しんで覚えるもの」となりました。中国を去った後、ありとあらゆる国に行き、英語やスペイン語などを習得せねばなりませんでしたが、このスタンスはどこに行っても変わりませんでした。

どんなに辛いことがあっても、笑顔だけは忘れませんでした。治安が悪い国で死にそうになったこともありますし、何度となくショッキングで絶望的な経験をして、奈落の底に突き落とされてきました。

しかし、「笑顔」で繋がった縁がさらに大きな縁を呼び・・・・・・気が付いたら、僕は中米・ホンジュラスの地で、人生最大の夢であった「プロサッカー選手」になっていました。

もし僕が困難を単なる困難としか捉えてなければ、この夢の実現はできなかったと断言できます。確かに、本当に精神的に辛い状況は数え切れないほどありました。

しかし、笑顔があったからこそ、困難を困難と思うことなく、ここまでやってくることができました。

 

中国で学んだ、かけがえのない財産である「笑顔」。これからも「笑顔の挑戦」を続けていきます!!

 

(了)

プロフィール:山野 陽嗣(やまのようじ)/1979年生まれ、広島県出身。アルビレックス新潟シンガポール・GKコーチ兼選手。小学校時代までハンドボールをプレーし、広島県代表として全国小学生ハンドボール大会に出場。中学入学後、サッカーに転向し、立正大学サッカー部でもプレー。卒業後の中国天津市の南開大学への留学を契機に海外へ。2004年からアメリカに渡り、現地クラブへ入団。翌年、中米・ホンジュラスの地でCDレンカと契約締結し、ホンジュラス初の日本人プロサッカー選手となる。2006年にはホンジュラス2部リーグ優勝。その後も世界各国を渡り歩き、約7年間の海外挑戦を終え、日本に帰国。2010年1月にはホンジュラス大統領官邸に招待される。同5月より現在に至る。


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