辛亥革命100年:傍系の日中関係、アジア主義の系譜(その1)

Yoshikawa

今年は辛亥革命勃発100年目に当たる。辛亥革命とは、清王朝を倒すべく、武力蜂起が起き、孫文率いる国民党軍がラストエンペラー、愛親覚羅溥儀を退位させるまでをいう。

それからの100年は革命(辛亥革命は第一革命で、その後第2、第3革命を経る)、内乱時代、日中戦争、国民党と共産党の内戦、共産党政権樹立という激動を経て、今新興国として台頭しつつある。何とも感慨深いものがある。

実は、この革命には日本が深くかかわっている。

辛亥革命の立役者、孫文をはじめ多くの中国人を支援したのが、日本。といっても、政府ではなく、アジア主義者たち、有志たちだ。最近、そういう人たちの話がちらちら本になって出版されている。この手の本の作者たちは、きっと何か―中国の自立を助けようとした先人たちの思い、志―が歴史に埋もれてしまってはいけないと思って書いているはずである。

なぜに歴史に埋もれてしまうかといえば、アジア主義を語った、行動した人たちの一部が右翼であり、アンタッチャブルとして目されていることが考えられる。(以下に登場する頭山満を頭とする玄洋社は、占領時代早々にGHQから解散命令が下されている等)それ以上に、アジア主義者が、辛亥革命のリーダー、孫文らを日本にかくまう等のドラマを展開し、日中合作を謳いながら、その後日中戦争がはじまり、戦争協力者となってしまった。戦争の暗部として触りたくない、見なかったことにしようという思いの中に閉じ込められているから。

それが高じて、暗部の解体をして、過去の反省をちゃんとやろうという方向に未だに進めない日本がある(少数の学者は書いているけれど)。暗部の解体のプロセスにおいて、個人名に行き着くと自分の名前が出ることを恐れている人たちに配慮しているのだろうけれど、いい加減ほとんどの人は故人になっただろう。ちょうどそんなタイミングだから今アジア主義が見直されているのかもしれない。

心から中国の自立を願い、自らを助けようとしている中国人に対し、助けの手を差し伸べた日本人がいたという事実は、ある。

だがそれを以て戦中にいいことをした、といい、歴史問題で中国の神経を逆なでるようなことをしてはいけない。第一、善意で動いた先人たちの思いを踏みにじることでしかないから。

そこでアジア主義とは一体何なのか、何がどうこじれて歴史問題がたびたび起きてしまうのか、見ていきたい。(あまり堅苦しく思わずお付き合い願いたい。何せ、ここに出てくるひとたちの多くは、まともにサラリーマンができそうにない、やんちゃで面白い人たちである)。

 

■アジア主義とは

いろいろアジア主義の本が出始めているが、歴史学者が書いているもので、あまり体系だてて説明している本が少ないため、拙著「Japan’s Asianism 1868-1945: Dilemmas of Japanese Modernization」をベースに見ていきたい(紙面の関係上、駆け足で書いていくので、じっくり読まれたい方は上記を読んでいただければ幸いである。また各登場人物にはドラマがたくさんあるので、興味を持たれた人物に特化した本(できれば解説本よりも人物による著作)に触れることもお勧めする。)。

まず、アジア主義の定義からして、コンセンサスはとれていないので、ここでは「西洋の帝国主義に対し、日本がアジアにどうしていくべきかを考える」思想のこととしていく。あまりにいろいろな人が独創的な意見を述べているので、このくらい幅を広げないとくくれないのだ。

では、どれだけ幅が広いのか?というと、ざっと図1のように、時の変遷とともに、派閥がいくつか生まれては消えている。要は、明治初期の日本では、大陸への野心を持とうにも力がなさ過ぎて、メンタルサポート以上のことはできなかったが、日露戦争後はアジアの大国としてアジア全体を俯瞰し、どうアジアはあるべきかを考え、かつ行動がとれる状態になった。そのため、選択肢が広がるとともに、いろんな意見が出るようになったのである。

 

■初期のアジア主義

この頃は、戦略的に西洋に対抗すべく、清王朝や李氏朝鮮が日本と団結しようと戦略的に考えた同盟派と、純粋に西洋人に搾取されるアジア人を見て義憤を感じた同情派に大きく分かれる。前者の中には、実際に清王朝に行って説得を試みた杉田定一、当時のアジアのインテリ層なら読める漢文で、朝鮮半島と合体して西洋に立ち向かおうという自分の熱意を翻訳ではなく直接伝えたいと、一から漢文を勉強してから「大東合邦論」(大東は日本と朝鮮半島の合併後の名称を自ら考案してつけた)を書きあげた樽井藤吉等がいる。だが清王朝や李氏朝鮮が興味を示さないので、そのうち消えていってしまった。

岡倉天心一方、同情派には、「アジアは一つ」(同じ西洋の帝国主義に悩まされるという共通の悩みをアジアは持っている、というのが本来の意味)で有名な岡倉天心、革命後の国体等について意見が分かれ、反目しあっていた在日中国人留学生を清王朝打倒に向け一つにまとめあげようと尽力した宮崎滔天、意外にも福沢諭吉が初期にいた。(福沢については、清王朝と李氏朝鮮が開化政策になかなか転換できないことにいらだち、「脱亜論」を書いた。但し、辛亥革命よりはるか前に亡くなっているので、もし辛亥革命を見ることができたら、また違った意見を発表していたかもしれない)また、現代では高校生くらいの若者が、辛亥革命の前夜、中国にわたり、革命軍とともに戦い、死んでいったものもいる。この若者、山田良政の死にいたく感銘を受けた孫文は、後に彼の故郷を訪ね、記念碑を立てたという。

経済的にも、メンタル的にも、時には生命の保証さえも、様々な形で支援した二大巨人が、後に首相にもなった犬養毅と、頭山満だ。当時、1万とも2万ともいわれた中国人留学生に、有名無名に係わらず支援をした。こうした留学生は、日本が吸収した西洋技術や思想を同じ漢字圏の日本から輸入し、特に辛亥革命までは清朝皇帝の君臨の下中国を近代化するために、天皇が君臨する日本にお手本を見出していた。そこで、福沢諭吉を始め多くの明治インテリ層が急いで翻訳した、実に多くの言葉-「政治」、「経済」、「民主主義」等-を、漢字であるためそのまま中国に輸入し、現在でも使用している。例えば、現在の「中華人民共和国」のうち、実に「人民共和国」は日本製である。もっと顕著な例では、1913年国民党が開会した国会において、衆議院議員の11%、参議院議員の約60%が、留学或いは調査のため日本に滞在経験を持っていた。どんなに戦後日米関係が良かろうとも、期待すべくもない数字である。

なお、孫文に至っては、イギリス当局から圧力のかかった日本政府が、日本に逃亡してきた孫文に対し国外退去命令を突き付けたときくや、頭山が部下に命じて夜陰にまぎれていずこかへ隠し、犬養と共に政府と掛け合って、国外退去命令を取り下げさせた。ちなみに、イギリス当局のお尋ね者、孫文を匿うということは、現代の感覚でいえば、アル・カイダ幹部を、アメリカの同盟国、日本が匿ったようなもの。今そんな人を匿うだけの度胸のある日本人は、いるだろうか?と想像してみてほしい。イギリスが外交問題として大騒ぎにしなかったからよかったようなものの、何とも無謀で、大胆な行動だったのである。それだけに、孫文にすれば何とも頼もしく思ったことだろう。

こうした経緯があったからこそ、二人は孫文の葬儀で、南京にある中山陵にお棺を運ぶという名誉ある大役を担ったし、頭山が1944年に亡くなったとき、日本と戦っている最中なのに、国民党の当時の首都、重慶では弔旗が掲げられたという。また頭山の孫が園田直外相の秘書として、日中関係正常化のため訪中した際には、廖承志中日友好協会会長(対日交渉の最高責任者)が到着したばかりの飛行機の中に乗り込んで、外相よりもまず頭山の孫に向かって、頭山ファミリーの安否を聞いた。廖の両親は、日本留学中頭山の世話になったからだという。こうした人々の間に、半端ない絆があったのである。

犬養毅さらに犬養は、中国からの亡命者や留学生だけでなく、開明派の李氏朝鮮の官僚で政争に敗れた金玉均を日本亡命後援助したり、アメリカから独立しようとしたフィリピン革命家のアギナルドに武器輸出の手はずを整えたり(この武器を載せた船が太平洋上で沈没してしまったので、現地には届かなかった)、独立運動で血気にはやるベトナム人には日本で学ぶように諭し(後に彼らは祖国でトンキン(東京)義塾を設立し、フランス当局に閉鎖されるまで人材育成に尽力)、バシキール系トルコ人たちがロシア経由で亡命し、コーランを出版したいといえば、その資金も援助した。(当時、キリスト教圏のヨーロッパではコーラン出版はなかなか認可が下りないのに、日本であっさり出版できたので、エジプトやアフガニスタンで号外が出たほどの珍事だったという)

頭山も、日本亡命後の金玉均に援助したほか、孫文の部下、蒋介石も北伐がうまくいかず日本に一時滞在していたとき、頭山家の隣に居住し、頭山等に励まされて再び中国に戻り、北伐を完成させた。イギリス当局に狙われていたインド独立運動家、R.B.ボースを新宿中村屋等あちこちに匿い、彼が日本に帰化するまで、10年以上守り抜いた。ちなみに、頭山がいかに怖い存在かを物語るエピソードがある。ボースに国外退去命令が出た際、頭山家で送別会が催されたが、ボースは頭山家の庭伝いに隣の家の庭へ抜けて隣の家の裏口に手配してあった車で逃走。そして、送別会が終わってもボースが頭山家から出てこないので、ボース尾行担当の公安3人が恐る恐る頭山に「ボースを返してくれ、僕たちの首が飛びます」、と哀願すると、頭山は、からからと笑い、「日中友好の大義のためじゃ、お前ら3人程度の首で済むのなら安いものじゃ」、と一蹴。公安は尻尾を巻いて帰って行った(注意:よいこのみなさんは、真似をしてはいけません。公安に楯ついたら、通常しょっ引かれます)。

<了>


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